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 井上正長(1654年~1720年)の父は美濃国郡上藩主・井上正任(井上正利の子)で井上正長はその三男。母は本多忠義の娘。兄に井上正岑(老中)がいる。

 1693年、父・井上正任から3000石を分与されて交代寄合となり、6代将軍となる徳川家宣が甲府藩主の時代からその家老を務めた。

 徳川家宣が将軍後継者となると西の丸御側衆となり3000石加増、そして合計8000石にまでなる。
 
 徳川家宣が死去するとその遺命により、井上正長は更に2000石を加増されて合計10000石として、常陸・下妻藩の初代藩主になる。

 その後も奏者番、寺社奉行などを歴任し、1720年12月4日67歳で死去し、後を養嗣子の井上正敦が継いだ。下妻藩は井上氏の元、明治維新まで続く。
 
 相模原では、阿部正喬の後、下溝・新戸を一時的に領した。

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