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 皆様、相模原にも「関所」があったことご存知ですか?

 道志道(現在の国道413号)は、甲州街道の裏街道ですが、江戸時代の時は富士講と言う、富士登山の一行も、結構多く通行したため、青根原や青野辺りは、結構賑わったようです。

 そして、その青野原に関所がありました。
 伝承によると、1534年11月20日に守屋佐太夫が関守となりました。
 また、江戸時代の、1631年の文献には関所があると記載があるそうです。

 特に近隣に住む顔見知り以外の女性が甲州方面に出るのは、厳しく取締されたと言います。

 

 相模湖プレジャーフォレスト近くにある鼠坂にも関所がありましたが、こちらは昼間しか役人がおらず、夜間は通行できなかったと言う時期もあったようです。

 場所ですが、下記の地図ポイント地点です。
 車を止める駐車場はありません。

 

> 相模原の戦国時代ヒストリア


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