タグ: 相模原

尾崎行雄とは 伏馬田城主尾崎氏の子孫

伏馬田城主だった尾崎掃部助の子孫は、北条氏滅亡後、又野(現在の津久井湖畔)に移住し、江戸時代初期には又野村の長となった。その後明治初期、尾崎氏の子孫に尾崎行雄(尾崎咢堂)と言う政治家が現れる。尾崎行雄は1858年又野で生まれた。尾崎咢堂の身...

小仏城山 (城山)  小仏峠

 相模原市の相模湖町と八王子の境に小仏峠(548m)があります。 現在は中央本線や中央高速などが通る交通の要所ですが、戦国時代中期までは、ほとんど人が通らない峠だったようで、八王子から甲斐への交通は和田峠を使用するのが普通だったようです。 ...

大化の改新 相模原は?

 中臣鎌子(のちの藤原鎌足)は、蘇我氏による政治専横に憤り、天皇家(大王家)へ権力を取り戻すため、中大兄皇子(後の天智天皇)に近づき、曽我氏打倒を計画した。 そして西暦645年6月12日に蘇我入鹿(そがのいるか)を暗殺する。 ここに大化の改...

相模原の古墳時代

はじめに相模原には 旧石器時代の小保戸遺跡(約2万3000年前)、田名向原遺跡(約2万500年前)や、縄文時代中期の勝坂遺跡(勝坂式土器が出土、約5000年前)など、古くから日本に住んだ人々の生活跡が発見されています。その後、稲作が入った弥...

注目の小保戸遺跡 (相模原の遺跡)

小保戸遺跡 (こほといせき) 約23000年前 小生が現在最も注目している遺跡。津久井城跡の南側に分布する遺跡で、比較的最近になって圏央道の建設現場から見つかり、2007年2月1日より、かながわ考古学財団による発掘調査が開始されているが、ま...

国指定・田名向原遺跡 (相模原の遺跡)

国指定・田名向原遺跡  約20500年前、国指定史跡としては日本列島最古の部類の建物跡もある約20500年前の遺構。 相模川左岸の比高11mの低位段丘上に立地している。遺跡の川寄りでは水成層の堆積がみられ、後期旧石器時代には相模川の川岸に位...

国指定・史跡 勝坂遺跡 (相模原の遺跡)

国指定・史跡勝坂遺跡 約5000年前 縄文時代中期前半頃(約5000年前)における日本を代表する大集落跡で60軒以上の住居跡が見つかるなど、関東地方における縄文時期を区分する標式遺跡(基準遺跡)で「勝坂式」と呼ばれる。標高は約70mで遺跡は...

国指定・寸沢嵐石器時代遺跡 (相模原の遺跡)

国指定・寸沢嵐石器時代遺跡 約4000年前 昭和3年(1928年)7月、畑の耕作中に地表下に石が敷かれている箇所が発見され、長谷川一郎氏による発掘調査で敷石住居跡であることが確認された。 寸沢嵐遺跡(すわらし)は、柄鏡(えかがみ)形敷石住居...

相模原の旧石器時代・縄文時代

旧石器時代から相模原でも人々は生活していた 100万年前の相模原南部は海になったり、陸になったりとの繰り返しで、その後、幾度も箱根や富士山の火山灰が堆積するなどを繰り返した。 なお、人類はもっと昔の約600万年~約700万年前(少なくとも2...