相模原の牧野で帰農した今川家一族 蒲原徳兼

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蒲原徳兼(神原徳兼、かんばらのりかね) 神原三郎左衛門 (生年?、没年?)

蒲原徳兼(神原三郎左衛門)は元・今川家の一門衆でありながら、江戸時代初期に、相模原市の牧野にて帰農した武将である。
蒲原氏は藤原南家からの出自で、室町後期から鎌倉時代を生き抜いた。

しかし、南北朝の内乱期に今川氏と戦って没落。その後、今川氏の分流が蒲原氏を名乗り、蒲原氏は早くより足利将軍家の御家人として代々、足利将軍家に仕え、京に在住していた。
応仁の乱で戦闘参加し、1535年、京を離れて、元来の所領がある駿河に戻る。
そして、駿河の守護・今川義元に親戚筋(一門衆)として仕え、蒲原氏徳が富士川の西岸にある「蒲原城」を居城とした。

この蒲原氏徳(蒲原宮内少輔氏徳)は、蒲原徳兼の父に当たる。
蒲原氏徳は家督および代々の所領八百貫の地(石高換算8000石)を相続した。
1548年、今川義元は尾張の織田信長を攻め、蒲原氏徳は駿河勢の大将として安祥城を攻め、軍功を立てた。

しかし、桶狭間で今川義元が討たれると、今川勢は足並が乱れ、蒲原氏徳をはじめ、久野氏忠・三浦義就・庵原元政らも討死。
その後、長男だった蒲原徳兼が家督を継いだと考えられ、今川義元の横死後、三河国・遠江国の今川領内では動揺が拡大、離反する諸将もある中で、朝比奈泰能らと共に今川氏真を支える姿勢を貫いた。

1569年、甲斐の武田信玄が35000で駿河に侵攻。(駿河侵攻)
今川氏真は、庵原忠致・庵原忠胤を先陣として、今川氏真も25000を従えて出陣し、この戦に今川一族、老臣ら21頭、総勢34000人が戦陣に加わった。
ところが、この、瀬名信輝や葛山氏元・朝比奈政貞・三浦義鏡など駿河の有力国人21頭が、武田信玄に密通したため、今川軍は潰走し、駿府もたちまち占領された。
今川氏真に味方する者はなく、ついに近臣50余騎を従えて、砥城の山城に落ち延びた。
このとき、蒲原徳兼も代々の居城を離れて、今川氏真を砥城に送り、自身は遠州にあった所領の山梨(袋井市)に篭居した。

その後、蒲原城は北条氏の支配下となったが、武田信玄が攻撃し、ついには武田氏が治めている。

その頃、遠州の掛川城は朝比奈泰朝が守り、徳川氏の攻撃にも降らず城を維持。
そこで今川氏真は砥城を出て朝比奈泰朝が守る掛川城へ逃れ、6ヶ月間籠城している。
この際、蒲原徳兼も山梨を出て、今川氏真に従って掛川城に籠城。
しかし、徳川勢は掛川城を総攻撃。
朝比奈・蒲原以下の家臣は防戦するもののが、ついに和睦を申し出て、掛川城は開城。

掛川城の開城後、今川氏真は妻・早川殿の実家である北条氏を頼り、蒲原を経て伊豆・戸倉城に入り、のち小田原の早川に屋敷を与えられた。
そして、遠州はとうとう徳川家康の統治下となった。

このとき以来、朝比奈泰能、蒲原徳兼などは浪々の身となる。
蒲原徳兼は譜代の家臣とともに相州の矢部村(相模原市)に移り帰農した。
その後、牧野(相模原市津久井)の郷士・佐藤九郎右衛門の婿となり、名も乗蓮と改めた。

慶長9年(1604年)、伊奈忠次(伊奈備前守忠次)に見いだされ、徳川幕府から牧野村に20貫文の土地(無主の田畑)と屋敷免を与えられる。無主の地だった津久井の牧野村の名主としてこの地を治めた。
平塚の中原御殿において徳川家康公にお目見すること二度におよんだと言う。
当家の屋敷構えは「新編相模国風土記稿」に『里正(名主)五郎助宅図』として広大な邸構え図が載っているが、現在もこの配置図の姿が、ほぼ保たれている。

領主の久世氏からは十人扶持が与えられ、牧野村内の大久和集落・石高102石余となった。

牧野に住んで6代目にあたる神原家当主は、徳川幕府家臣・飯室市郎左衛門豊昌の三男(恒岳、豊五郎、一学)で神原家の養子に入ったことが、幕府の編纂による系譜「寛政重修諸家譜」に登載されている。
神原家は現在も牧野で続いており、蒲原徳兼の父が桶狭間に出陣の留守中(今川義元が打たれる前)に、高林源兵衛が謀叛を起こすとと、今川氏真は蒲原徳兼(神原三郎左衛門)に鎮圧を命じ、蒲原徳兼が高林一族を滅ぼした際の「感状」が現存している。
国の登録文化財(建造物)として、神原家住宅長屋門が現在も相模原緑区牧野に展示されている。

津久井には、津久井城にまつわる話だけでなく、津久井三姫伝説などもあり、なかなか面白い。

神原家住宅長屋門の場所は下記の地図ポイント地点。
駐車場はないので、やまなみ温泉に入りがてら、車を止めて出掛けたい。

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