カテゴリー:相模原の歴史

  • 相模原の戦国時代の城郭・史跡ヒストリア-訪問記・写真付

    相模原の「戦国ヒストリア」と称して、相模原市内の戦国時代における史跡・城などを写真と解説付きで、アクセス方法・行き方・駐車場情報・観光所要時間なども交えてご紹介させて頂きます。 相模原で勉学に励んでおられる小学生や…
  • 石楯尾神社のミステリー・謎に迫る 相模原にある歴史ある神社

    927年(延長5年)にまとめられた「延喜式神名帳」(えんぎしきじんみょうちょう)の巻九・十に記載されている相模国の延喜式内社13社の内の1社に「高座郡石楯尾神社」とある。 延喜式神名帳に記載された神社は、延喜式内社…
  • ヤキツ(焼津)は相模原だったのか? 日本武尊(ヤマトタケル)の相模原伝説

     古事記・日本書紀に登場する日本武尊(ヤマトタケル)は有名で、日本各地にその伝説が残されています。  そんな、日本武尊が「相模原」にも大きく関係していた可能性があるのです。  なにぶん1700年前の事ですので、不明な…
  • 航空神社 城山湖脇の牡竜籠山に建立された神社 相模原市緑区

     相模原の航空神社をご紹介致します。  神奈川県相模原市城山町川尻の雨降龍居山(龍籠山)(あめふらしたつごやま)にあります。  すぐ脇には、人造湖「城山湖」があり、その周囲は約90分のハイキングコースとして親しま…
  • 温泉坂 相模原の温泉なのか? 城山・川尻の坂の名前

     相模原市緑区の城山総合事務所(旧・城山町役場)の信号から、西へと下る坂があります。  大正寺久保沢観音堂に出る一方通行の坂ですね。  この坂の名前は「温泉坂」と言います。  なぜ「温泉」の坂と言う名前が付…
  • 津久井【三姫物語】

     相模原市の津久井地区には3人の姫の伝説が残る。  南北朝時代に、鎌倉から逃れ津久井の青山の寺で病をいやし、甲州へ落ちのびていった「雛鶴姫」  串川の由来になったとされる「櫛川姫」の悲恋  武田氏滅…
  • 新選組・局長「近藤勇」は、相模原の上溝も訪れていた

     調布出身の新選組・近藤勇が、江戸または日野にいた頃、相模国高座郡上溝村(現在の相模原市中央区上溝)の名主・佐藤為彦宅を訪れたそうです。  土方歳三の姉・のぶが、日野宿で近藤勇らを支援した名主・佐藤彦五郎(佐藤俊正…
  • 亀ヶ池八幡宮 相模原での七五三

     相模原市内では恐らく一番由緒ある神社が亀ヶ池八幡宮だ。  御神祭は応神天皇(おうじんてんのう)。応神天皇と言えば、第15代天皇であるが、実在性が濃厚な最古の大王(天皇)で、だいたい4世紀頃の人物だったと推測される。 …
  • 相模原の蚕影山神社と金色姫

     相模原市田名堀の内に「蚕影山神社」があります。  また、田名には蚕影山の金色姫の木像が祀られているお堂もあります。  大島の大島諏訪明神(大島諏訪神社)にも「蚕影社」、城山町原宿にも「蚕影社」、藤野町にも蚕影信…
  • 相模国最古級の有鹿神社と勝坂遺跡

     相模原にもすごい歴史を持つ神社があった  約1万年前に氷河期が終わり温暖化となり、豊かな縄文時代に入った。  相模原の各所にも縄文時代の遺跡が発見されているが、その中でも60軒以上の住居跡が発見されている「勝坂…

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