カテゴリー:相模原の歴史

  • 上の山城 (うえのやま、上ノ山城)  相模原津久井・寸嵐の城跡

     相模原市の津久井・寸沢嵐にある石老山(694m)東麓、標高244mの台地にある山城で比高は20m。  台地には屋敷などがあり、その断崖の小高い山に城が築かれたと伝わり、津久井城の出城と言う位置づけとして小田原北条氏が…
  • 嵐山城(嵐山烽火台) 間山城(間山城峰烽火台)

     現在の相模原市の相模湖畔に、嵐山と呼ばれる標高406mの山があります。  戦国時代には小田原城の北条氏が築いた狼煙台が、この嵐山にもありました。  山頂の産霊宮水上神社から相模湖を見下ろす眺めは神奈川景勝50選のひ…
  • 小仏城山 (城山)  小仏峠

     相模原市の相模湖町と八王子の境に小仏峠(548m)があります。  現在は中央本線や中央高速などが通る交通の要所ですが、戦国時代中期までは、ほとんど人が通らない峠だったようで、八王子から甲斐への交通は和田峠を使用す…
  • 陣馬山の陣~陣馬山烽火台と和田峠

    和田峠  相模原の戦国時代史跡一覧の完成を目指して、難関の1つである「陣馬山」と「堂所山」などをようやく訪問して参りました。  和田峠の有料駐車場まで車で行きまして、そこから陣馬山にに上がり、堂所山などへ行って、…
  • 景信山烽火台~横地将監景信

     高尾山から北上して、小仏峠を越えた所に「景信山」があります。    この景信山烽火台~横地将監景信  景信山722mは展望も良く、関東を一望できます。  滝山城・八王子城主の北条氏照に仕える人物で…
  • 烽火台・狼煙台とは

    烽火(のろし、ほうか)・狼煙(のしろ、ろうえん)と呼びます。(下図は烽火台)   日本では戦国時代に発達した、敵の来襲を急ぎ知らせる為の通信手段の1つです。 中国では紀元前200年頃シルクロードに設置さ…
  • 下馬梅の伝説 相模原の戦国時代における北条家の逸話

     豊臣秀吉の小田原攻めにて、北条氏照の八王子城が攻められ落城した際のことである。  八王子城から辛くも包囲網を脱出した津久井城(築井城)へ伝令武者が、相模原市城山町の穴川まで来た時、地元の百姓に津久井城の状況を聞い…
  • 小松城 訪問記と写真集  (相模原市緑区)

     相模原市の小松城は城山町城山湖の南、宝泉寺(高野山真言宗)の裏山に位置します。  城跡の西半分は城山霊園造成のためすでに姿を消してしまいました。  城が築かれた時には既に宝泉寺が開かれていた事から「宝泉寺城」とも呼…
  • 丸崎の馬坂(横山坂) 武田信虎の行軍

     相模原市の上溝にある亀ケ池八幡宮の東側にある河岸段丘の坂、丸崎から陽光台に登る事が出来る急坂に関する話です。 丸崎の馬坂 (横山坂)  この坂は昔より使われていたが、今のような舗装された道ではなく、狭くて赤…
  • 照手姫は実在したのか?

     小栗半官の物語では  照手姫の父は相模国・横山氏(横山党)とする話(美女と信じさせるため、小野小町にあやかったのか?)  小栗判官を盗賊から助けた遊女が照手だったとする話(姫とは呼ばない)  照手姫は下野国(…
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