田中陽希(たなか-ようき)さんは、日本のプロアドベンチャーレーサーで、1983年6月5日に埼玉県で生まれました。
素朴な人柄から全国にファンが多く、執筆時点での住所は、神奈川県相模原市で、相模原にお住まいです。
6歳の頃に北海道富良野市に移住し、少年時代は雪山を駆けるクロスカントリー・スキーをよく楽しんだようです。
体育教師を目指して明治大学に進学するとスキー部に入り、クロスカントリー・スキーの選手としても活躍しました。
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大学卒業後に「アドベンチャーレース」に出合い、群馬県みなかみ町にある(有)カッパクラブに入社し、山岳ガイド・リバーガイドとして勤務しながら国際レースにも出場するようになっています。
アドベンチャー・レースとは、山岳などの大自然の中で、地図などを頼りに、男女混成チームの連携にて、ゴールをめざすレースの事を言います。
大会は数日間に及ぶことがあり、世界で最も過酷な競技(レース)と言われるものです。
道なき道をトラバースして駆け抜ける競技の魅力にとりつかれた田中陽希さんは、プロアドベンチャーレーサーとして、国内外の大会で好成績を収めました。
そして、2014年、クルマ・バス・電車などを一切使用せずに、徒歩やシーカヤックのみで、日本100名山を、一筆書きで踏破する「グレートトラバース 日本百名山ひと筆書き」(NHK BSプレミアム放送)に、チャレンジしました。
屋久島・宮之浦岳から北海道まで7800km、222日間をかけて、100名山を踏破しました。
2015年頃にご結婚されて、翌年の2016年には、グレートトラバース2 ~日本二百名山一筆書き踏破~にて、約8000km、二百名山の登頂も、一筆書きにて完遂しています。
しかし、それまでの登山は、スケジュール重視で、あまり山を楽しんでいなかったと言う事もあり、2018年からは「グレートトラバース3 ~日本三百名山全山人力踏破~」を開始しました。
このグレートトラバース3では、100名山、200名山を含み、更に300名山と、合計301の名山をすべて徒歩とシーカヤックにて登頂すると言う前代未聞のプロジェクトです。
※日本百名山、日本二百名山、日本三百名山に選定されている山の合計は301座です。
登山の様子は、先輩アドベンチャーレーサーの駒井研二さんや、平出和也さんらが、同行カメラマンとして随行もしています。
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2018年には登山中に手の骨を折るなどのアクシデントにも見舞われ、スケジュールも大幅に変更となっていますが、NHKでは「頑張れ陽希」と言う応援を受けて、300名山に挑んでおられます。
その途中、自動車の運転免許更新で、相模原の自宅に旅の途中、歩いて戻り、また歩いて(走って)山に復帰しました。
今後も、怪我せずに、無事に踏破できることをお祈り申し上げる次第です。