タグ:武田氏

  • 横山党・小山田氏・北条氏・武田氏の先祖

     相模原の歴史シリーズ登場する大名や武将の経歴・家系などをまとめた番外編です。   横山党(横山氏)  敏達天皇(538?~585?)→春日皇子→小野妹子と、遣隋使を務めた小野妹子の子孫で、小野篁(おののたかむ…
    • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 小山田行村の墓(小山田八左衛門行村の墓)~郡内・小山田氏一族

     津久井の折花姫伝説にまつわる話として、その伝承が本当であったとの実証とも言える、小山田八左衛門行村の墓をお参り致しました。 (さらに…)…
    • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 寸嵐の首塚と首洗い池~武田信玄が三増峠の戦いで勝どきを上げる

     武田信玄が、三増峠の戦いで北条氏照らと戦ったあと、武田勢は沼本の渡しと、津久井の旧街道の2箇所から道志川を渡って「そり畑」と言う地で「勝鬨(かちどき)」を挙げました。  そして、討ち取った武将の首実験も行ったとされ、…
    • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 相模原の戦国時代の城郭・史跡ヒストリア-訪問記・写真付

    相模原の「戦国ヒストリア」と称して、相模原市内の戦国時代における史跡・城などを写真と解説付きで、アクセス方法・行き方・駐車場情報・観光所要時間なども交えてご紹介させて頂きます。 相模原で勉学に励んでおられる小学生や…
    • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 奥牧野城山(奥牧野城)と、牧野の戦い・相模原の古戦場

     神奈川県と山梨県との県境、相模原市の藤野町奥牧野のある平城。  平城と言っても、その周りは山間で、平らな土地は少ないところです。  秋山川がS字型に蛇行する標高278mの小平地が「城山」と呼ばれ、昭和始めまでは…
    • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 鷹取山烽火台への登城チャレンジ

     鷹取山烽火台は、佐野川と上野原の間にある標高472mの峰で、郡内を治めていた武田家臣・小山田信茂が築き、北条家との国境を監視したと考えられています。  すなわち、この辺りが、戦国時代の武田家と北条家の国境となる訳でし…
    • このエントリーをはてなブックマークに追加

ページ上部へ戻る