上の山城 (うえのやま、上ノ山城)  相模原津久井・寸嵐の城跡

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 相模原市の津久井・寸沢嵐にある石老山(694m)東麓、標高244mの台地にある山城で比高は20m。
 台地には屋敷などがあり、その断崖の小高い山に城が築かれたと伝わり、津久井城の出城と言う位置づけとして小田原北条氏が築城したと考えられます。

 

 規模は小さかったようですが、当時、津久井と、与瀬(現在の相模湖)を結ぶ街道の抑えとして、機能したのでしょう。
 また、付近には野呂左京亮屋敷と伝わる場所や「もとやしき」と言う地名も残ります。
 この野呂左京亮は、北条家の「小田原衆所領役帳」の津久井衆若柳村に、2貫327文を知行しており、上の山城は城番制によって野呂氏が管理をしていた可能性もあります。
 現在も上の城址の東側に野呂氏の子孫と考えられる邸宅があります。

 

 上記写真の階段を登ると、上の山城の城域となります。

 

 主郭を中心に郭・土塁・横堀・竪堀・堀切・虎口があり、全方向からの侵入に備えた縄張りが、現在でも良好に残っています。

 

 全体的に遺構は小さめですが、古くからの状態は非常に良好です。

 

 しかし、上の山城にまつわる史料はなく、この場所を「もとやしき」と地元で呼ばれているくらいしか伝承もありません。

 

 上の山城への行き方・アクセスですが、階段がある場所は下記の地図ポイント地点です。
 ただし、道路は、旧街道となる唯一のアクセス路であり、大型車の通行は困難な細めで、急な坂の道路であるため「駐車禁止」の道路になっています。
 なので、車を止める場所は、かなり苦慮します。
 夏場に訪れるのであれば、虫よけなど必須です。

 

 下記の写真は、上の山城ではあれませんが、顕鏡寺の方向にいったところにある、監視台として使われたと思われる箇所です。

 

 下記の写真は津久井湖・津久井城方面の眺めです。

 

 ちなみに、石老山(せきろうざん)は、平安時代の創建と伝わる顕鏡寺(けんきょうじ)と言う真言宗の寺が547mの地点にあり、この辺りは巨岩や怪石が点在し、登るときも楽しめ、また尾根からの展望もよく、山頂からは相模はや富士山も望めると、低山ながら楽しめるハイキングコースとして有名で、東海自然歩道に一部と言う事もあり登山道も整備されています。

 石老山入口バス停から石老山山頂は徒歩約100分。

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