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相模原横山党と 多摩・町田の地頭

 平安時代後期から鎌倉時代に神奈川県相模原に住んだ御家人、矢部氏、田名氏などに関連する御家人を番外編としてご紹介します。横山党 横山党を率いるのは横山氏で、豪族「小野氏」(近江国小野村)(現在の大津市)の小野篁から数えて9代目後裔とされる横...

横山党・小山田氏・北条氏・武田氏の先祖

 相模原の歴史シリーズ登場する大名や武将の経歴・家系などをまとめた番外編です。 横山党(横山氏) 敏達天皇(538?~585?)→春日皇子→小野妹子と、遣隋使を務めた小野妹子の子孫で、小野篁(おののたかむら)(802~853年)の後裔と言わ...

田名氏館跡 相模原における鎌倉武士の館跡

 相模原市の田名にある「田名氏館跡」に行って参りました。 田名氏と言うのは、源平合戦に出陣した横山党の横山時広の次男・横山広季が、棚(田名)を領地として定住し、田名二郎兵衛を名乗ったのが始まりと考えられます。 この、田名氏の居館跡は水郷田名...

小野氏と横山党

小野氏発祥の横山党 横山党を率いるのは横山氏で、豪族「小野氏」(近江国小野村)(現在の大津市)の小野篁から数えて9代目後裔とされる横山義隆が、現在の八王子の「横山庄(別名:舟木田庄)」にやってきたと一般的には考えられています。別の呼び方では...

相模原の照手姫伝説

日本の地名と言うものは、昔から呼ばれていたケースだけでなく、豪族や人物の姓名が地名になるケースなど様々です。相模原市に町名として今でも残っている地名にも、歴史ある地名があります。横山、小山、矢部、田名などの地名の由来を調べていくと「横山党」...

淵辺義博の解説「淵辺義博居館」淵野辺の地名~西郷隆盛の護衛隊長・淵辺群平も

日本の地名と言うものは、昔から呼ばれていたケースだけでなく、豪族や人物の姓名が地名になるケースなど様々です。相模原市に町名として今でも残っている地名にも、歴史ある地名があります。横山、小山、矢部、田名などの地名の由来を調べていくと「横山党」...

横山党の相原氏、矢部氏、小倉氏、田名氏など

 粟飯原氏 (藍原氏、相原氏) 相模原に進出した横山党は最初は相模原市城山町の小野を中心に栄え、その後、相原に本拠を移し、相原から市内各地に別れていったと考えられますので最初に紹介します。 平安末期の頃、横山本家の横山時重が粟飯原氏と改名し...

相模原にも進出した「横山党」

 日本の地名と言うものは、昔から呼ばれていたケースだけでなく、豪族や人物の姓名が地名になるケースなど様々です。相模原市に町名として今でも残っている地名にも、歴史ある地名があります。 横山、小山、矢部などの地名の由来を調べていくと下記のような...

大化の改新 相模原は?

 中臣鎌子(のちの藤原鎌足)は、蘇我氏による政治専横に憤り、天皇家(大王家)へ権力を取り戻すため、中大兄皇子(後の天智天皇)に近づき、曽我氏打倒を計画した。 そして西暦645年6月12日に蘇我入鹿(そがのいるか)を暗殺する。 ここに大化の改...