カテゴリー: 相模国の歴史

仙洞寺山烽火台 相模原にある北条家の監視城

 相模原の津久井・道志川と串川の間にある仙洞寺山583mは「火海(ひうみ)峠」と呼ばれ、この山が津久井城と伏馬田城との中間点に位置することからも、烽火台として使用したと考えられます。  津久井には、烽火の火が消えず、付近一帯の山が本当に火に...

鷹取山烽火台への登城チャレンジ

 鷹取山烽火台は、佐野川と上野原の間にある標高472mの峰で、郡内を治めていた武田家臣・小山田信茂が築き、北条家との国境を監視したと考えられています。 すなわち、この辺りが、戦国時代の武田家と北条家の国境となる訳でして、今でも、神奈川県と山...

鉢岡山烽火台 北条家の狼煙ネットワーク

 相模原市の藤野町日蓮より南に面する鉢岡山(標高460m)。 その鉢岡山頂上から400mほど下ったところにある円錐形をした小峰458mは、地元で「鐘撞(かねつき)堂跡」などと伝わり、戦国時代の烽火台があったと考えられます。 しかし、展望に優...

小仏城山 (城山)  小仏峠

 相模原市の相模湖町と八王子の境に小仏峠(548m)があります。 現在は中央本線や中央高速などが通る交通の要所ですが、戦国時代中期までは、ほとんど人が通らない峠だったようで、八王子から甲斐への交通は和田峠を使用するのが普通だったようです。 ...

景信山烽火台~横地将監景信

 高尾山から北上して、小仏峠を越えた所に「景信山」があります。  この景信山烽火台~横地将監景信  景信山722mは展望も良く、関東を一望できます。 滝山城・八王子城主の北条氏照に仕える人物で、横地景信(横田長次、横地吉信、横地監物、横地将...

烽火台・狼煙台とは

烽火(のろし、ほうか)・狼煙(のしろ、ろうえん)と呼びます。(下図は烽火台) 日本では戦国時代に発達した、敵の来襲を急ぎ知らせる為の通信手段の1つです。中国では紀元前200年頃シルクロードに設置され、イギリスでも16世紀頃スペイン無敵艦隊の...

下馬梅の伝説 相模原の戦国時代における北条家の逸話

 豊臣秀吉の小田原攻めにて、北条氏照の八王子城が攻められ落城した際のことである。 八王子城から辛くも包囲網を脱出した津久井城(築井城)へ伝令武者が、相模原市城山町の穴川まで来た時、地元の百姓に津久井城の状況を聞いてみた。 すると、津久井城も...

丸崎の馬坂(横山坂) 武田信虎の行軍

 相模原市の上溝にある亀ケ池八幡宮の東側にある河岸段丘の坂、丸崎から陽光台に登る事が出来る急坂に関する話です。丸崎の馬坂 (横山坂) この坂は昔より使われていたが、今のような舗装された道ではなく、狭くて赤土がむき出しの滑りやすい状態だった為...